おそがけ戦略コンサル転身記

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カテゴリ:書評( 4 )


2008年 01月 31日

効率が10倍アップする新・知的生産術

電車の吊り広告に出ていて「自分をグーグル化する方法」というサブタイトルに引かれて早速購入。現職に変わってから扱う情報の幅が一気に広がり、必要な情報をどうやって獲得して、それをどう整理するかというのがひとつの課題になっていたという理由もあります。

情報を獲得するということを賢くやっていくというのは、自分の生き方にも大きく影響します。昔のようにある程度保障されたものがある時代ならそれにすがればよいのですが、これだけ世の中が不確定になってくると、情報感度が高く、それに基づいて行動できる人とそうでない人の間に人生の豊かさの面でかなり差がついてくるように思います。また、情報を持ち、また自ら発信できる人は同時に人脈も築いていて、それにより多様な機会に出会うことができます。

この本の著者の勝間さんは元マッキンゼーの方ですが、その時代にこのような情報感度を磨いていったそうです。情報のフローとストックの効率を極限まで高めることで、3人の娘の母でありながら、多くの著書を出版し、同時に経済評論家、かつ大学院博士課程の学生としてマルチプルに活躍されています。

私のほうはといえば、今日も新しいテーマの情報収集に奔走し、書類の山にうずもれて情報と格闘しているところです・・・・。
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by miyakeseiya | 2008-01-31 05:59 | 書評
2007年 07月 15日

指一本の執念が勝負を決める

冨山和彦氏(前産業再生機構COO、現経営共創基盤CEO)の本「指一本の執念が勝負を決める」を読んだのでひかかったワードのメモ。

・従来型の大企業で育つのは内向きの調整力
・日本企業のOJTは稟議書の書き方、社内調整の仕方とか、社内固有のスキルに偏ってしまって、世界標準の知識やスキルではない
・これからはリーグ戦を勝ち抜いた経営者の時代
・年功や終身雇用で上がっていく仕組みはトーナメント型
・トーナメント戦で残ったエリート人は負けを知らない
・リーグ戦の中で、勝った負けたを繰り返してきた人間の活躍するフィールドが確実に広がっている
・馬鹿組織、アホな上司、無能な上司の下で働くのは悪くない。なぜ無能か反面教師の材料がたくさん有る。ネタの宝庫(笑)
・成果のでない中で苦闘することが血となり肉となる
・重要なことは人間や行動をよく見ること
・好奇心をもつということは人に愛情を持つということと同意
・知性、理性それとデモクラシーとのバランスの中で物事を決めていく事が健全
・経営の本質は「片手にそろばん、片手に論語」
・経済合理性の追求、他方で人間学、倫理学、哲学
・会社の倒産はこれらの合理と情理の兼ねあいの失敗
・これをどう超えていくかの自分なりの方法論、スタイルの確立がリーダーとなる人の要諦
・生きていることの実感が湧くのは、自分以外のものをより良くできたという実感を持ったとき。人のために自分が役立っているという実感。
・エリートは抽象的な世界で仕事をしていることが多く、意外と生きていることの実感が持てない。自分がどう役立っているのか実感が湧かない。

冨山さんはエスタブリッシュされた組織に寄り掛かることのリスク、これに基づく個人の価値基準の変革、すなわち自立したスキルとそれによる社会への貢献を唱えておられます。精神論が中心ですが、組織に属している人間にとって自分の方向を考える上でとても参考になり、元気付けてくれる内容でした。
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by miyakeseiya | 2007-07-15 16:53 | 書評
2007年 05月 07日

MBAは役に立つか?

神戸大MBAを修了して早1年が過ぎた。そろそろMBAを客観的に見られる時期になってきたので、一度このテーマで記事を書いておかねばと思っていた矢先、友人がミンツバーグ著「MBAが会社を滅ぼす」を貸してくれた。ミンツバーグはカナダマギル大のMBA教授であり、組織行動学の権威であるだけに、彼によるMBA批判は説得力があるものであった。

この本によると、MBAが間違った時期に間違った教育をおこない、マネジメント育成どころかそれを阻んでいるとの主張。MBAではマネジメントの経験も無い若手が、経営管理手法とさまざまな業種のケーススタディーを通して経営者としてのインサイトを叩き込まれる。それを終えた若者は自信満々で自ら経営のプロと勘違いし、ろくにラインマネジメントも経験せず経営者になりあがり、派手なディールや抜本的な改革を打ち上げて失敗する、さらには利益至上主義の果てに不祥事を働くというくだり。米国ではあながち嘘でない事実のようだ。米国では、MBAがベテラン社員を一気に追い抜く特急切符としての市民権を得ている、ということもその様な構図を生む原因となっている。

コンサルタント会社や投資銀行で働くなら良いかもしれないが、いくら優秀で分析力に優れ、弁舌能力に長けてている人材であろうと、事業会社、特に製造業ではラインのマネジメント(いわゆる現場)を知らない人間が経営を行うことについて弊害が大きい。MBAで得られるKnow-Howは、会社の大きな枠組みを捉えることには有効であるものの、オペレーションを支える細部の仕組み、その会社の持つ有形、無形資産の価値やその最適化の手段、潜在的なリスクの所在を洞察するためには「現場」を知っていないと難しい。また、現場では面倒で簡単でない問題が山積している。MBAではそのような問題に対する処方箋を学ぶことはできない。(ミンツバーグはMBA出身者がこのような面倒な事項に手を突っ込みたがらないことも問題と指摘する)

ここで改めて、「MBAは役に立つか?」と問うてみると、私は経営人材の育成という意味ではやはり「MBAは有効である」と思っている。会社の付加価値を高めるための学問的な洞察は、私にとって多くの気づきを与えてくれたことは事実である。ただし、上記のようなラインマネジメントへの造詣をある程度備えた「大人」でないとそのような「気づき」が少なく、手法のみを学んでしまうという弊害もあろう。すなわち、ラインマネジメントの経験知と経営管理手法の両面をうまくバランスさせることができて初めてMBAの価値が高まる。

このバランス感覚が大切で、逆にラインのマネジメントしか知らない経営者の問題点として、往々にして事業への思い入れが強すぎ、ステークホルダーへの配慮に欠け、事業全体の枠組みを変えるという発想になりにくいことがあげられる。これは昨今の企業買収における被買収企業経営者の行動に現れていることは前述した。

ミンツバーグの批判に対しては、MBAで学ぶ手法の内容そのものよりも、経営者となるべき人間の倫理や信念を問うべきではないかと思えた。すなわち、経営者になる人間が、どういう使命を背負っているのか、その信念はどうあるべきかということ。そういうことは教育で学べることではないし、そういうことが曲がっている人は、MBAに行って無くても間違ったことをするだろう。(ただ、そいう人間をも格上げしてしまうMBAは問題だが)

先日、入社2年目の若手社員から「会社のMBA留学の応募をしたい」と相談されたのだが、正直背中を押してよいものか戸惑ってしまった。「もう少しラインを経験してから」というのが本音であったが、「チャンスであれば逃がさず挑戦すべき」と背中を押してやった。

MBAは勉強をするだけが価値ではない。そこで、異なるバックグラウンドを持ったクラスメイトとともに、経営について真剣に考えることを通して上記の信念も含め、自ら気づきを得るための「場」を提供してくれる。また、私はMBAの研究活動を通して出会った経営者からも多くの示唆を得ることができた。そのような「きっかけ」もたくさんある。MBAは工学や経済学などの完成した学問ではないことからも、それを斟酌する側の理解の仕方もさまざま。MBA通して学ぶことは人それぞれ大きく異なるだろう。

キャリアの梯子の一つとしてMBAを捉えた時に、それを生かすも殺すも自分次第ということ。
今日はこれくらいで・・。
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by miyakeseiya | 2007-05-07 22:14 | 書評
2007年 04月 23日

構造改革の真実

週末「構造改革の真実-竹中平蔵大臣日誌」を読んだ。
小泉改革ももう一昔の話のように思えますが、この本を読むと、不良債権処理、郵政民営化といった改革がどれほど困難な作業であったか、そして、改革に抵抗する業界、自民党、野党、官僚の実態、そしてマスコミを通して見てきた構造改革に対する理解とその本質が如何に違うものだったのかが良くわかる。経済に通じている日経新聞ですらその解釈については自分できちんと多面的に検証してみることが必要と痛感。

たとえば銀行への資本注入という行為について是非を問う場合、単なる税金の無駄遣いであるとか、銀行のモラルハザードを招くという負の側面が強調されることが多かったが、「決済機能の維持」という大義名分があったということについてはほとんど語られていなかった。しかし、前者の主張はある意味正しい反面、「どのような銀行であっても資本注入してその決済機能を維持すべき」、ということにもならない。すなわち影響が広範囲におよぶ重要な決断にはその深さと幅という微妙なさじ加減が付きまとうため、その是非を判断することはなかなか難しい事なのである。

また、このような問題の多面性ゆえ、改革者となる人はこのような、一見もっともな反論・批判に対峙して正論を通していく力がなければ改革は実現できない。

あと、この本の中で繰り返し出てきた言葉が2つありました。

一つ目は「無謬性」(むびょうせい)

無謬性というのは判断に誤りがないという意味だそうで、官僚が無謬性にこだわるために、過去の政策・判断が正しいという前提で現状否定しないことから、改革が進まない。この無謬性、官僚だけの特性ではない気がします。私も会社で、「そんなことやったらいままでは何だったんだ、ってことになるぞ!」とか、「○○常務が辞めるまではこれはやめられない」とか。正論がいとも簡単に無視される状況に何度となく遭遇した。それが組織といえばそうですが、そういう内向きの論理や建前がはびこるようになると、やはりマズイですね。

二つ目は「戦略は細部に宿る」

どこかで聴いた言葉ですが、腑に落ちる言葉です。細かいところをおろそかにしてはいけないということで、スケジュール、準備、実施計画の書きぶりとか、ヘッドになる人はそういう細かいところを人任せにしては駄目ということ。原理原則に照らし合わせて細部がそれに従っているか、そいういうことをきちんとやらなければ目的の達成は難しい。

国政の構造改革にかかわる話でしたが、企業の改革活動も基本的に同じこと。とてもためになる本でした。
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by miyakeseiya | 2007-04-23 12:45 | 書評