おそがけ戦略コンサル転身記

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2007年 07月 17日

日本的組織の強みと弱み

現場組織で中間管理職をやり始めてはや4年が経ちました。
その間いろんなことやったんですが、現場組織を活性化するというのが一応の私の目標でありました。しかし、合理的に物事を良くしようとしてもなかなかうまくいかない。その理由は「日本的組織への理解不足」ではないかと最近思う訳です。

欧米の良好事例を引き出して「責任を明確にして、業務を効率的に・・」といったことがうまくいかないことに対しては、日本的組織の理解の不足がネックである。
欧米と比較して、日本的組織の特徴とは、

・組織の境界や個人のミッションをはっきりさせず、協調的に課題を共有する
・業務成果は個人より組織に帰属する
・終身雇用を基本とした安定的な職位保障の前提

これらの特徴により生じる強みとして、会社に対する忠誠心の高さ、チームワークの尊重、仲間との信頼を重んじる行動様式、などがあげられる。

ところが、これら日本的組織の強みとは裏腹に、内輪の論理の優先、変化への抵抗、問題処理の遅延、などといった弱みに転じやすい脆さを孕んでいる。

このような強みが弱みに転ずるかどうかの境目はなにか?
それは、組織がその目標を失った時に弱みに転してしまうのではないか。

なぜなら、日本的組織を牽引するパワーの源は「みんな一丸となって頑張ろう!!」的な共通目的によるものだと思う。これは高度成長期の時代に日本企業がとてもうまくいった理由でもある。

しかし、現在のように、顧客の価値観の多様化、一律の経済成長の終焉とともに、みんなで共有できる分かりやすい会社の共通目的が薄れ、また、業務が複雑化したことや、会社のルールが厳しくなったせいで下部組織の自主性が奪われたことなどにより、日本的組織の弱みが顕在化するようになったのではないか?と私は思っている。

弱体化した組織にむち打つべく、成果主義や選抜主義などを取り入れて見たものの、うまく機能せず、協調性という日本的組織の強みをさらに弱めてしまったというのはよく聞く話。

しかし、このような、頑張った人が報われるという欧米的な成果報酬主義は組織としては至って健全であるし、企業価値を意識すれば当然必要なマネジメントである。

日本的組織にこれを当てはめる際に必要なことは個人の視座を少しでも高めてやることでうまくいくのではないだろうか。すなわち組織の個人が、

「会社は何を目指しているのか」(社会における会社の存在意義)
「人生の大切な時間をなぜここで費やしているのか」(組織目標と価値観の整合)
「自分はいったい何が出来るのか」(自発的な貢献)

といった使命感を実感できること。
リーダーはそういう個人の心のケア、いわゆる個人のマインドマネジメントに努力を払うことによって日本的組織の強みが生きてくるのではないだろうか。
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by miyakeseiya | 2007-07-17 23:05 | MBA、経営
2007年 07月 15日

指一本の執念が勝負を決める

冨山和彦氏(前産業再生機構COO、現経営共創基盤CEO)の本「指一本の執念が勝負を決める」を読んだのでひかかったワードのメモ。

・従来型の大企業で育つのは内向きの調整力
・日本企業のOJTは稟議書の書き方、社内調整の仕方とか、社内固有のスキルに偏ってしまって、世界標準の知識やスキルではない
・これからはリーグ戦を勝ち抜いた経営者の時代
・年功や終身雇用で上がっていく仕組みはトーナメント型
・トーナメント戦で残ったエリート人は負けを知らない
・リーグ戦の中で、勝った負けたを繰り返してきた人間の活躍するフィールドが確実に広がっている
・馬鹿組織、アホな上司、無能な上司の下で働くのは悪くない。なぜ無能か反面教師の材料がたくさん有る。ネタの宝庫(笑)
・成果のでない中で苦闘することが血となり肉となる
・重要なことは人間や行動をよく見ること
・好奇心をもつということは人に愛情を持つということと同意
・知性、理性それとデモクラシーとのバランスの中で物事を決めていく事が健全
・経営の本質は「片手にそろばん、片手に論語」
・経済合理性の追求、他方で人間学、倫理学、哲学
・会社の倒産はこれらの合理と情理の兼ねあいの失敗
・これをどう超えていくかの自分なりの方法論、スタイルの確立がリーダーとなる人の要諦
・生きていることの実感が湧くのは、自分以外のものをより良くできたという実感を持ったとき。人のために自分が役立っているという実感。
・エリートは抽象的な世界で仕事をしていることが多く、意外と生きていることの実感が持てない。自分がどう役立っているのか実感が湧かない。

冨山さんはエスタブリッシュされた組織に寄り掛かることのリスク、これに基づく個人の価値基準の変革、すなわち自立したスキルとそれによる社会への貢献を唱えておられます。精神論が中心ですが、組織に属している人間にとって自分の方向を考える上でとても参考になり、元気付けてくれる内容でした。
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by miyakeseiya | 2007-07-15 16:53 | 書評
2007年 07月 14日

濫用的買収者

先週スティールパートナーズに対して東京高裁が「濫用的買収者」と認定しました。
「濫用的買収者」とは以下の定義によるそうです。(日経新聞引用)

(1)経営参加の意思がなく、高値で株式を会社関係者に引き取らせる(グリーンメーラー)
(2)経営に必要な知的財産、企業秘密、取引先などを買収者に移譲させる(焦土化経営)
(3)会社資産を、買収者の債務の担保や弁済原資に流用する
(4)不動産、有価証券などの資産を処分した利益で配当を高くし、株価をつりあげて売り抜ける

高裁の決定は、買収防衛策の差し止めに対する判断だったので、株主から見た公平性の判断という意味では妥当なものかもしれない。

しかし、スティールが「濫用的買収者」であるという認定をしたことについて疑問を感じざるを得ない。

なぜなら、スティールは上記の「濫用的買収者」の定義に当たる行為は当然まだしていないし、過去の買い付け先(ソトーやユシロ)においてもそのような行為はしていない。裁判長は判断の根拠として、

「投資ファンドという組織の性格上、顧客利益を優先、短中期的に株式転売などでひたすら自らの利益を追求する存在」

という見解を述べているが、まったく根拠が見当たらない。これでは投資ファンドが皆このようなものだと言っていることにならないか?ちなみに、ソトー、ユシロの株価はその後順調に推移している。

それに、今回の判決やマスコミ論調でほとんど議論されていないのが、ブルドックソース側の経営の是非である。

株価は過去10年を見ても200円から300円という低いレベルでほとんど変わらず推移している。ブルドックソースという親しまれた商品を作る名門企業であることに間違いはないが、株主の価値を創造する経営をやってきたのだろうか?その辺は正直よく分からないが、株価が正直に物語っているのではないか。

企業が銀行融資を減らし、自己資本比率を高めている昨今、経営の規律としての資本市場の価値をもっと強調すべきではないかと思う次第です。
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by miyakeseiya | 2007-07-14 17:19 | MBA、経営
2007年 07月 11日

晴れない

最近(というかCPA試験落伍以来ずっと)気持ちが晴れない状況が続いている。
ブログを書くのもおっくうで、記事が進みません。
先日も風邪をこじらせて肺炎になってしまうわ(もうよくなりましたが)、なんか調子悪いです。
CPAの挑戦は時間切れということで、中断しています。
たぶんそのせいで五月病みたいな状況でしょうか。
やっぱり何か目標もってやっている方がいいみたいです。
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by miyakeseiya | 2007-07-11 07:07 | 雑感